東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7372号 判決 1974年6月27日
被告 第一勧業銀行
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。そこで、被告の抗弁について判断する。
《証拠》を合わせ考えると、つぎの事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
1 被告は、昭和四八年四月二〇日訴外稲本に対し一〇〇〇万円の手形貸付をしたこと、同日稲本との間で原告主張の定期預金債権を稲本の負担する一切の債務の担保として被告に差し入れる旨の契約を締結したが、同契約内容には、稲本が差押の申請を受けたときは、被告からの通知催告等がなくても、被告との銀行取引から発生した一切の債務につき、稲本は期限の利益を失う旨の特約を含んでいたこと。
2 訴外稲本は、右手形貸付を受けるに際し被告に対し一〇〇〇万円の額面の約束手形を振り出していたが、稲本は同年七月二八日被告に対しその書替手形として抗弁2に記載した内容の約束手形を振り出したこと、被告は、同年八月一四日現在稲本に対し本件手形貸付金債権を有していたこと。
二 被告が昭和四八年八月一四日原告主張の債権差押及び転付命令の送達を受けたことは当事者間に争いがないので、訴外稲本は、右認定の特約により被告に対する一切の債務につき期限の利益を失つたものといわなければならない。
三 つぎに、《証拠》を合わせ考えると、稲本は、被告に対し本件定期預金を担保に差し入れるにあたり、被告が稲本に対する債権をもつて右定期預金債務と相殺する場合には、その債権債務の利息等の計算につき、その期間は計算実行の日までとし、その利率及び充当方法については被告の定めるところによる旨の約定をしていたこと、被告は、昭和四八年八月一八日稲本に対し右約定により同月一六日付計算に基づき本件手形貸付金債権を自働債権とし、本件定期預金債権を受働債権として対等額で相殺する旨の意思表示をしたこと、そして右手形貸付金債権及び本件定期預金元本債権はすべて相殺によつて消滅したものとして処理したが、その預入後相殺までの期間の本件定期預金の利息金は相殺されずに残り、その額は一二万七二九五円であつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
ところで、被告が右相殺の意思表示をした当時には、本件債権差押及び転付命令正本は第三債務者たる被告に送達されていたにとどまりいまだに債務者たる訴外稲本に対しては送達されていなかつたのであるから、その転付命令による債権移転の効果はいまだ生じていなかつたものということができるから、被告が稲本に対して相殺の意思表示をしたことは相当であるといわなければならない。
以上の認定事実によれば、被告主張の相殺の結果、本件定期預金債権のうち利息金一二万七二九五円の債権のみが残り、その余はすべて消滅したものということができ、一方、成立に争いのない甲第一号証によれば、本件債権差押及び転付命令の効力は本件定期預金元本のほかその未払利息金にも及ぶ趣旨と認めるのが相当であるから、本件債権差押及び転付命令正本が昭和四八年八月二五日稲本に送達されたことにより、右残存利息金債権は原告に移転したものといわなければならない。
被告は、予備的に原告に対し相殺の意思表示をした旨主張しているが、前記認定の相殺により被告主張の自働債権はすべて消滅したのであるから、右利息金債権についての消滅事由とならないことはいうまでもない。
四 叙上の理由によれば、被告は原告に対し金一二万七二九五円及びこれに対する本件転付命令の効力が生じた日の翌日である昭和四八年八月二六日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきであり、この範囲内で原告の本訴請求は理由があるが、その余の請求は理由がないものというべきである。
よつて、原告の本訴請求は右の範囲内でこれを認容し、その余の請求を棄却
(裁判官 小倉顕)